被災地の春
 仮設住宅にも春が訪れました。この写真は、震源地に近い小千谷の仮設住宅です。小千谷中学校のグランドの所に建てられています。道路では、子ども達がバドミントンをしていました。震度7の直下型の地震がこの地方を襲ったのです。桜の花は、小千谷の人々に心の癒しとなっていることでしょう。(2005.4.30)
 小千谷中学校のグランド脇には、まだ雪が多くありました。体育館の窓には、「がんばっています新潟、全国のみなさんありがとう」というスローガンが貼られていました。  前任校、小千谷中学校のグランドに立つケン子さんです。懐かしいですね。今でも教え子達とは、電話やメールで連絡をとっています。みんないい子だったよ!
     真言宗 慈眼寺(地震の被害のままの慈眼寺です)
 この寺で、慶応4年(1868)5月2日、長岡藩の河井継之助が新政府軍の岩村精一郎と会談しました。しかし、会談は決裂し、北越戊辰戦争へと入っていったわけです。この慈眼寺も、大震災の被害に遭い、未だ写真のような姿になっています。
 小千谷市にある市民の憩いの場の船岡公園です。石碑も倒れ、木や石が散乱しています。  休憩ハウスも倒れたままです。でも、桜の花だけは美しく咲いていますね。
 船岡山への石段です。道の両側が崩れ、ご覧のように青いシートがのせたままになっていました。「あーあ、しんどい」とため息をついたところの写真です。この公園には、かつては子ども達と何回も来たことがあるんですよ。思い出深い公園なんです。
 地震で破壊された家を整理し、新しい街づくりが始まろうとしている小千谷市です。  今、小千谷市は建設中の家が多いです。復旧から復興へとがんばっている小千谷市です。
がんばろう新潟!がんばろう小千谷!全国のみなさんも応援していますよ!

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